花盗人


 確かここにはテッセンを植えていたはずなのだがと、宗矩は地肌隠しの白砂利の入った手桶を抱えたまま、咲き誇る白い花をしげしげと眺めていた。いや、葉形も草姿も確かにテッセンなのだが、ここに植えていたのは美しいが目新しくはない一重の白テッセン ―― ちなみに銘は“華燭の舞”という ―― であって、この煌びやかな純白の八重咲きは、テッセンの仲間であることこそわかっても、何と言う品種なのかまったくわからない、見たこともない花だ。
 「確か昨日まではフツーのテッセンが咲いてたはずなんだがなァ・・・・」深く根を下ろすテッセンがたった一日で別の品種に変わっているという怪奇を前に、宗矩は悠長に首を傾げた。手桶を下ろすついでに株の根方を調べてみるが、植え替えられたような土の乱れも見受けられない。「ちょっぴり気分変えたかったのォ…な〜んてこたァ言わねェよなァ、やっぱ」
 「和風の花が似合わないわけではありませんが・・・・しかし、貴方には慎ましい“テッセン”よりも、華やいだ“クレマチス”が良く似合う・・・・お気に召しませんか?」
 どこかで聞いたような、だが、誰のものであったかは思い出せない声に振り返った宗矩は、気障に微笑む碧眼に対峙し、心底嫌そうに眉を顰めた。
 「…ったく、ウチはテメエら幻魔の寄り合い処じゃねえっつーの」投げ遣りに言い捨てつつも一応は間合いを測ってみるが、フォーティンブラスに殺す心算があるならば一撃だということも ―― 胸糞悪いことこの上ないが ―― 理解しているので、そう真剣にはならない。「それに、テメエに口説かれる憶えはねェんだがなァ? あァン?」
 「突然飛び掛かって来た貴方を、危険のない場所に転送して差し上げたのは私ですが?」フォーティンブラスは軽く笑い、宗矩の顎に指を掛けて不機嫌そうな表情を吟味した。「なるほど・・・・一瞬驚いたのですがね、あの時は。しかし、見る眼のある者であれば、たとえ灰色の石の中に封じられ土を被っていたとしても、救いを求める宝石の閃きに気づくものです」
 「薄気味悪ィ」宗矩は白いキッドの手袋に包まれた手を邪険に打ち払った。「何しに来やがった? テメエの足掛かりは幻魔封じに異界の門に磔てやったはずだが」
 「そう、本来その役目を負うはずの黒き鬼などの身代わりにされて」フォーティンブラスは何が楽しいのかくすくすと笑い、憮然としている宗矩を嬲るように見下ろした。「無論、貴方に逢うために戻ったのですよ。なかなか苦労しました」
 「あーそー。そらどーも御苦労様でした。じゃ、ツラ見て満足しただろ。とっとと帰りな」
 「貴方がいけないのですよ?」フォーティンブラスは、宗矩の肩を抱き寄せ、彼自身の心のように好き勝手に揺れる漆黒の髪先にくちづけた。「貴方が私に触れたから、私は貴方の温もりを知った。私が唯一、この世において懐かしいと思うものです」
 「気安く触ってんじゃ・・・・」伴天連らしい長身を手加減なく突き放そうとした宗矩は、力を溜めた手首をぐいと引かれ、驚いて視線を落とした。いつの間にか手首に瑞々しい緑の蔓が巻きついている。「な・・・・」
 突然、ざわりと揺れたテッセンの株からおぞましいほどの勢いで無数の蔓が伸び上がった。植物にしては生々しく素早い動きでのたくった蔓が手に、足に絡みつく。両手が頭上に引き上げられるに反して両足は凄まじい力で地面に引きつけられ、宗矩はたちまちの内に軒に掛けた竹格子に磔られてしまった。
 「無駄なことです」もがく宗矩を前に、フォーティンブラスは至極冷静に告げた。「まあ、貴方たち人間は諦めが悪いということが身上のようですから、抵抗したければお好きに」
 藤蔓ではあるまいし、テッセンの蔓がそう強いわけもないのに、どんなにもがいても、力の限り引いても、絡みついた蔓はびくともしなかった。襟の合わせから、裾から、袖口から、ひんやりとした蔓先が素肌を舐めるように這いずり込み、慄く肌を弄り回す。
 「よせ…っ、よせェッ!」宗矩はおぞましさに顔色を失い、絡みつく蔓を引き千切ろうと必死になって身を揉んだ。だが、しなやかな蔓は動じる気配さえ見せず、腰を、脇腹を這い進み、常は這い登るものを捜す手掛かりとなる細い撒き髭が緊張に震える胸の突起にくるくると巻きつく。「ヒ…ッ、嫌だっ! よせ、この助平野郎! ざっけんなァッ!!」
 「ふざける? これは心外ですね。私は至って真面目な心算ですが?」
 「痛ぅ…ッ」しっかりと捕らえられてしまった突起をきつく絞り込まれ、宗矩はその針先のように鋭い快感に唇を噛んだ。足元から這いずり込んだ蔓が下帯の結びを探り当て、一斉にそれを緩めに掛かる。羞恥に赤らむ肌に寄り添った満開の花にさわさわと首筋を撫でられ、嫌な震えが背筋を這った。「い、やだ・・・・!」
 「思った通り、貴方には白も映える・・・・それ以上に映える色があることも事実ですが」
 微細に震える細い蔓に秘所をさすられ、宗矩は声にならない悲鳴を上げた。緊張に固く閉ざされた秘所を割り開こうとはしないものの、無数の触手は恐怖と嫌悪に震え上がる秘所の皺一筋一筋の間にまで入り込み、実に巧妙な動きで途惑う肌を責め立てて来る。堪らずヒクつき、僅かに解けた入口を、その向こう側には決して侵入せずに撫で回す無数の糸の動きは、最早快楽と言うより苦痛だった。丹念な愛撫に緊張を解された秘所は陽光に温められた蕾のように柔らかく解け、撫でさすられるままに開き、捲られ、淫残としか言い様のない有様に固定されてしまう。何物をも拒めない有様にされて怯える肌に繊細な花びらが宥めるように擦り寄り、拒みようのない熱を煽った。
 「い、嫌だ・・・・っ」快楽の淵に沈み込みそうになりつつも、宗矩はくちづけを求めて来たフォーティンブラスから激しい仕草で顔を背け、嫌悪も露わに言い捨てた。「誰が…っ、テメエなんかと・・・・!!」
 「これはつれない」フォーティンブラスは怒る様子もなく笑い、身を引いた。
 「あぅっ!」下腹部を弄っていた蔓が嫌悪にそそけ立つ茂みを撫でたかと思うと、ぷつり…という衝撃が響いた。どうしようもなく熱を蓄えてしまったものの付け根に生まれたひりつく痛みに途惑っていると、またひとつ、同じ衝撃と同じ痛みが弾ける。「嫌だっ! 嫌だ、畜生っ! 嫌だァッ!」
 「もう少し従順にならないと、残らず抜いてしまいますよ?」
 優しげな声の中に込められた残忍な笑いに気づいた宗矩は、諦めたように俯き、固く眼を閉じた。身体に纏いつく淫靡な蔓ごと抱き締められ、屈辱に震え、引き攣る顔中に慈しむようなくちづけが落とされる。だが、その唇の温かさは宗矩の心に氷針を打ち込むような痛みを呼ぶだけで、頑なに凍りついた想いを溶かす役には立たなかった。
 「まさか、貴方がこんなものまで使わなければならないほど貞淑だとは」フォーティンブラスは呆れ半分に笑い、緊張を解かない肌への無駄な愛撫を断念した。「そう頑なな態度を通されると、私も少々卑劣な手段を取らざるを得ません・・・・愛しい貴方にあまり酷なことはしたくなかったのですがね・・・・」
 「あうぅっ!」遂に秘所を割って身体の中に入り込んだ存在感に、宗矩は絶望的な表情を浮かべた。だが、違う。ひんやりとして柔らかい、この感触は、予想していたものとはまるで違った。
 「力を抜かないと潰してしまいますよ? その蕾の中には人を狂わせる蜜がたっぷりと抱かれていますからね」
 これ見よがしに目の前に差し出された蕾のグロテスクなほどの膨らみに、宗矩の顔が嫌悪に引き攣る。白い蕾はその色合いに不釣合いな淫らさを湛えて解け掛かった花びらの間からたらたらと金色の蜜を零し、甘ったるい香りを振り撒いていた。
 「はぁ…っ」一番力を入れてはいけないであろう場所は無数の蔓先にこじ開けられ、然程硬さのない蕾を拒むことが出来ないようにしっかりと固定されてしまっているが、無理矢理昂ぶらされ、刺激を求めてうねる内襞はどうにも出来ない。もっと強い刺激を、快楽をと強請るように見境なく侵入者に絡みつく内襞の痙攣が今にも蕾を押し潰してしまいそうで、怖くて堪らなかった。
 何故助けに来てくれない ―――― 自らの心の底から響いた声に驚いてビクつき掛けた身体を、宗矩は既のことで抑え込んだ。心細げな、あからさまに縋りつくような響きが口惜しくて、歯噛みしたくとも、身体に力が入らない。
 「嫌、だ・・・・いや・・・・」一度限りのことであれ何であれ、そこを他の男に責められるのは耐えられなかった。そこは、そこだけはと、繰り返し心が軋み、胸の内に収まり切らなくなった悲痛な叫びが遂に唇を割る。「秀、康…ぅ・・・・!」
 「おやおや」フォーティンブラスは仕方なさそうに笑い、快楽を拒もうと躍起になっている身体を花束を抱くような気遣いを込めて腕の中に包んだ。「幻魔であれ、同族であれ、構うことなく自らの欲望の捌け口として弄んで来た貴方が、今更あの黒き鬼に操立てですか?」
 柔らかな革手袋に覆われた手が撓りを増した身体の中心を包み込み、焦らすように弄ぶ。拒んでも拒んでも、圧倒的な強さで襲い掛かる快楽に声もなく震える唇に、ひんやりとした蕾が押しつけられた。
 「口を開けなさい。ひとつ、賭けをしましょう」フォーティンブラスは苦悶する宗矩を楽しげに見据えながら言った。「こちらの蕾には、今、貴方の中に注がれようとしている蜜の解毒作用がある蜜が抱かれています・・・・身体の血に媚薬が廻るのが早いか、この蕾を温め、花開かせて解毒剤を飲むのが早いか・・・・もし、解毒剤を飲むのが早く、媚薬が貴方を狂わせることが出来なかった時には、すぐさま解放して差し上げましょう。如何ですか?」
 賭けを提案している間にも、疼き、うねる内襞の中で震えていた蕾がのたうち、そこに渦巻く熱を伝え受けたどろりとした蜜が体内にぶちまけられた。堪らず悲鳴を上げ、身を捩る宗矩の中で、元通り閉じた蕾が内襞に蜜を塗り込めるように蠢く。
 「早く解毒剤を飲まなければ、大変なことになってしまいますよ?」
 もう否応なかった。フォーティンブラスの言葉の真偽を問う間もなく、嫌々開いた唇を新緑の香気を纏った蕾に犯され、固く巻いた花びらの冷たさと、内襞を撫でさする花びらの柔らかさを比べて絶望的な気分になる。
 「う…ン・・・・ッ、ん・・・・」頑なな蕾を開かせようと躍起になる宗矩をからかうように、満開の花たちがいっそ脱いだ方がマシという有様にまで乱されてしまった着物から零れる素肌をあちらこちらと撫でさする。じんじんと疼く内襞が苦しくて、想ってもいない相手の手管に昂ぶらされる自分が口惜しくて、宗矩は一刻も早く解毒の蜜を得ようと、恥を忍んで口内で震える蕾を舌をうねらせて愛撫し、開花を早めようと柔らかく吸い解した。花というものは元々似通った匂いを持っているものだが、その範疇には納まらない、生々しい雄の匂いが口腔を、鼻腔を満たす。「う、ぐぅ・・・・っ」
 花の蕾であるはずのものが、舌の上であまりにもあからさまな動きでひくつき、のた打った。びくびくとグロテスクに打ち震える蕾から雄の臭気に満ちた喉越しの悪い粘液が溢れ出し、あまりのおぞましさに吐き気が込み上げ、喉を塞ぐ。
 「げほっ」宗矩は、それが最後の救いであることも忘れて脈打つように震える蕾と口内に溢れた青臭い蜜を吐き出し、咳き込んだ。「ぐ…っ、げほげほっ、う、ァ…ッ」
 「おやおや・・・・いけませんね」苦しげに咳き込む宗矩を前に、フォーティンブラスが白々しくため息をつく。「解毒の蜜はそれだけだったのですが」
 「さ…わる、なァ…ッ!」快楽に屈し、淫靡にうねる内襞に冷たい指が埋め込まれ、宗矩は必死になってもがいた。だが、快楽に骨抜きにされた身体には碌に力が篭らず、逆に、全身を淫らに捕らえる花蔓は少しも力を緩めない。蕩け切った内襞に突き立てられた指先になす術もなく快楽の源泉を探られ、宗矩は口惜しさにきつく唇を噛み締めた。「う、く・・・・っ、く、ぅ…っ」
 「おや、お気に召しませんか? それならば・・・・」
 柔らかな花びらに熱を増した肌を隈なく撫でさすられ、和毛に包まれた微妙な硬さを持つ蕾につつかれ、宗矩はもう理性も何も滅茶苦茶になってしまいそうな焦燥感の中で身悶えた。充血し、硬く勃ち上がった胸の突起は相変わらず細い蔓に巻き込まれ、ひっきりなしに揉まれ、さすられて、そこからの快感だけでも達してしまいそうだ。だが、快楽の奥から到底無視出来ない強さの苦痛が押し寄せて、想い人の腕の中でなければ果てたくないという叫びが蕩け掛かった身体を戒める。
 「まさかこれほど頑なだとは・・・・しかし、そろそろ限界でしょう」俯いた顔を幼子を抱くように優しげな仕草で抱き起こし、フォーティンブラスは表情を失いつつある瞳に柔らかく問い掛けた。そんな有様に追い込まれ、執拗な愛撫に息を乱し、拒み切れない快感に涙さえ浮かべているくせに、ひと言で楽にしてやるとささやく甘い声に首を振る宗矩の態度には相変わらず躊躇いはなく、切迫した息をつく唇から零れる形ある言葉といえば蒼鬼を呼び求めるものばかりだった。その頑固なほどの貞淑さには、フォーティンブラスもさすがに苦笑を抑え切れない。「もう一度言います・・・・貴方の取るべき道は唯ひとつ。求めなさい、他ならぬ私を。黒き鬼などではなく、この白き龍を。そうすればすべての苦しみから解き放って差し上げますよ」
 「う・・・・っ」声を抑えようとして噛み切ってしまった唇をそろりと舐められ、宗矩は厳しく捕らえられた身体を僅かに震わせた。だが、くちづけを振り解くまでの力は出せない様子に、重ねられた唇が笑みを深める。「ん・・・・!」
 されるがままの宗矩の有様に気を良くしていたフォーティンブラスが不意にはっとした様子でくちづけを解き、激しい仕草で身を引いた。それとほぼ同時に、がちりと歯を噛み合わせる音が響く。
 「ち…っ」紙一重の差で狼藉者の舌を噛み千切り損ねた宗矩が忌々しげにつぶやいた。
 「これまた油断ならない・・・・」本気の殺意が溶かし込まれた視線に引き攣ったのも束の間、フォーティンブラスはこれほど楽しいことはないとばかりに微笑んだ。「だが、何と愛しい・・・・オフィーリアが執着したのもよくわかる」
 ふざけるなと言わんばかりの視線が頬に刺さり、蒼い瞳に浮かぶ笑みが一層深まった。
 「うぐ・・・・っ」顎を捕らえた凄まじい力になす術なく口をこじ開けられ、宗矩は獰猛に襲い掛かって来た舌に苦しげに呻いた。嫌で堪らないのに、涙が出るほど嫌な相手にくちづけられているのに、無残に弄られる肌が耐え切れないほど激しく疼く。
 「貴方の意地は見事ですが・・・・しかし、賭けはどうやら私の勝ちだ」フォーティンブラスはもう自重さえ支えられないであろう宗矩の脚を捕らえて抱え上げ、今や注ぎ込まれた蜜以上に、身の内から蕩け出た蜜に濡れそぼった秘所を曝け出させた。「黒き鬼に寵愛される身体・・・・たっぷりと味わわせていただきましょうか」

 今更幻魔が出るはずがない。あの時、封じの人柱になろうとした蒼鬼を押し留めた宗矩が、他ならぬ創造神の胎児 ―― 確かにずたずたに傷ついてはいたが、まだ生きていた ―― を身代わりに、異界との接点を封じたのだから。実際、時にちょっかいを掛けて来るオフィーリア辺りもあくまで“化身”として、実体のない亡霊のような存在として現われるだけで、その姿を視界に捉えることは出来ても、触れることも斬ることも出来なかった。それは向こうとて同じことで、術を使って蒼鬼を操ることは出来ても、その手で寝首を掻くことは出来ないらしい。だが、あれは・・・・たった今、この庵への帰り道で遭遇し、斬撃に倒れたものは、間違いなく実体を持った幻魔ではないか。
 「宗矩!?」倒せぬほどの相手ではなかった。数が多かったためと、持っていた武器が本来得手の大太刀ではなく、普通の刀だったために息が弾む程度には梃子摺らされたが、その程度だ。だからまさか、宗矩ほどの剣客が愛刀を手に遅れを取るとは思えなかったが・・・・「おい!? 宗矩、どこだよ!?」
 正直、広くはない庵の中に、宗矩の姿はなかった。姿ばかりか、気配さえない。だが、出掛けているのかと思いつつ、彼が丹精している庭に出た途端、信じ難いと言うよりは信じたくない光景が視界に飛び込んで来た。
 「宗…矩・・・・」
 この庭は、春から夏の終わりに掛けては涼やかな白い花が、秋から春先までは温かみのある紅い花が咲く花木を注意深く配した手の込んだ造りで、花の色だけでなく、黒い土の地肌が花と葉の調和を損なうことを嫌って、毎日の潅水の度、株の根方を細かく砕いた白い砂利で覆うほど気を使って丹精された庭だ。その一角、蒼鬼には名もわからぬ純白の花が咲き乱れる蔓草用の垣に、本来この季節にこの庭に現われることのない冴えた深紅の花が一輪、捕らえられていた。無理矢理咲かされた挙げ句、無残に散らされた嘆きに震える哀れな紅い花は、我が物顔に彼を弄ぶ白い花の化身のような人影の望みの邪魔にならぬよう、しなやかな夏花の蔓に深緋の花びらを情け容赦なく絡め取られて ――――
 「これは・・・・何とも無粋な」立ち竦む気配に眼を向け、フォーティンブラスは嘲笑うように言った。艶かしい紅色に上気した宗矩の脚を伝う白い吐精を見て取った蒼鬼が激怒のあまり顔色ばかりか表情まで失う様を楽しげに眺め、のんびりとため息をつく。「―――…確かに、彼には貴方の纏う色の方が合いますか。憎らしいことだ」
 紅い右の瞳と漆黒の髪によく映える深緋の小袖を纏った宗矩の傍らには、霧のような白さよりも、大洋の色を映したかのような青い小袖と緑がちの碧眼がよく似合う。そもそも、紅は緑や青といった自然の風景に多く存在する色との相性が良いのだ。だからこそ、この世の花は紅いものが多い。
 「御心配なく。眠っているだけです」フォーティンブラスは、白い花の中に半ば埋もれた宗矩の髪を撫で、少し屈めていた身体を優雅な仕草で起こした。「いや、気絶している…と言った方が相応しいですか。あまりに頑ななので、扱いに少し冷静さを欠いてしまったようだ」
 「き…っ、さまァッ!」
 蒼鬼は怒りに我を忘れ、刀を抜き放つとフォーティンブラスの身体を袈裟懸けに斬り払った。傷口から血飛沫の代わりに真っ白な花びらが溢れ、無残に断ち切られた身体もまた、零れる花びらに変わって行く。
 「嗚呼、貴方は彼の貞淑さを疑ったり、彼を詰ったりしてはいけませんよ・・・・最後の最後まで貴方を呼ぶばかりで、どんなに技巧を凝らしてお誘いしても、遂に私を求めてはくれませんでしたからね。私にとっては非常に哀しいことに」
 反撃しようと思えば出来なくもないが、そうしたところで、宗矩を連れ去るだとか、恋敵をこの世から消し去るだとか、そういう派手なことをするにはさすがに、花が依り代という状態では力が足りない。フォーティンブラスは盛夏の名残りの白い花と共に散り逝きながら、怒髪天を衝く想いであろう蒼鬼に艶然と微笑んだ。
 「貴方が執着するのもよくわかる・・・・最後まで抵抗されたのは不本意でしたが、素晴らしいものでしたよ、彼は」
 力任せの斬撃が白皙の額を割り、余裕綽々の笑みごとフォーティンブラスの姿を消し去った。まるで意思あるもののように宗矩に纏いついていた花が静まり、精彩を失った花びらがはらはらと地に落ちる。それと同時に、植物と言うよりは動物的な瑞々しさを保っていた蔓も力を失い、折角捕らえた深紅の花を実に渋々といった様子で解放した。
 「宗矩・・・・」蒼鬼は、降り積もる白い花びらの中に倒れ込みそうになった宗矩を抱き留め、涙に火照った眦にそっと唇をすり寄せた。「ごめん・・・・遅くなって・・・・」
 この場で抱いてしまおうかとも思ったが、そんなことをすれば、眼を醒ました宗矩がどれほど苦しむことか。蒼鬼は宗矩が眼を醒ましてしまわないように注意しながら傷ついた身体をそっと抱き上げ、足元に積もる雪のような花びらを憎々しげに踏みつけながら庵の中へ入った。

 もう嫌だ、やめてくれ…と、いったい何度目なのかわからない哀願を繰り返しつつ、宗矩は果ての見えない快楽から逃れようと懸命に足掻いた。快感に酔い痴れ、恥辱に叩きのめされた意識に必死になって指を絡めて手繰り寄せ、鉛のように重い瞼をこじ開ける。
 「あ、起きた」
 「秀康・・・・?」
 間近で微笑んだ緑がちな碧眼に、宗矩は呆気に取られた表情を浮かべた。見回せば、そこは見慣れた寝所の褥の上で、先程から感じている熱や重みは他ならぬ相愛の相手の身体で・・・・
 「何?」目覚めの挨拶に最低でも罵詈雑言、不運だと蹴りの一発も飛んで来るだろうと身構えていた蒼鬼は、きょとんとしているばかりの宗矩に訝しげな表情を浮かべた。「具合でも悪いのか?」
 「おまえ…いつから・・・・?」
 「さっきからずっといたよ」
 「さっきって・・・・?」一向に定まらない視界と靄に包まれたままの意識に疎ましげに頭を振った宗矩は、締め切られた障子の傍に置かれた香炉と周囲に漂う甘い香りに気づいた。「何…っ、で、阿片…なんか焚いて・・・・? キライなんだろ、おまえ・・・・?」
 「好きじゃないけど、寝込み襲ったら嫌だとか言われて蹴飛ばされたから、頭に来て焚いた」
 「おまえ、なァ・・・・あ…ッ!」ぐっと最奥を押し広げられ、宗矩はその圧倒的な感覚に言葉を失った。そのまま小刻みに身体を揺すられ、唇から零れる声がどれもこれも甘ったるい媚を含んだよがり声に変わってしまう。「ンァ…ッ、は、ぁ・・・・っ、う・・・・!」
 溢れ出す快感を受け止め切れない。阿片香に酔っているせいもあるが、生々し過ぎる悪夢の中で想い通わぬ相手に陵辱された恐怖がまるで薄らがず、相愛の相手の腕に抱かれる悦びに身体が暴走してしまう。
 「ちょ…っと、待てよ・・・・! こんな・・・・っ」鋭い快感に身を切られて怯えた宗矩は、自分が一糸纏わぬ有様にされた上に両手を頭上で一纏めに戒められていることにようやく気づいた。日頃、たとえどちらが攻め手になるにしても、宗矩はあまり全裸になるということはしない。何となく隙を見せ過ぎる気がして好かないのだ。「テメエッ! 人の寝込み襲ってナニ好き勝手に・・・・!」
 「人のこと言えないだろ」蒼鬼は何を今更とばかりに言い切り、往生際悪くもがく身体を体重を掛けて押さえ込んだ。「負けたんだから、諦めろよ。今日は俺の好きにさせてもらう」
 「へ・・・・?」いつになく強気な表情に、宗矩は子供のように素直な驚きの表情を浮かべ、まじまじと蒼鬼を見詰めた。だが、呆気に取られた凝視を気に留める様子もなく最奥を突き上げ始めた蒼鬼の動きに翻弄され、視界がたちまち甘い靄に包まれる。「あ…っ、テ、テメエ、ちくしょ・・・・っ、ア…ッ」
 両の足首がちらちらと光って見える理由がそこに結びつけられた絹の下締めであることに気づき、宗矩は、これはちょっとやそっとでは放してもらえそうにないと背筋が凍る想いに引き攣った。恐らく、寝ぼけ眼で抗う宗矩に焦れて、蒼鬼が想いを遂げるまで脚を動かせないようにとどこぞに縛りつけていたのだろうが、眠っている人間に阿片を嗅がせた上に手足を縛り上げるほど切羽詰まっているのでは、一度や二度で満足出来るわけがない。迂闊に逆らえば、今は解かれている紐のもう片方の先をその辺の柱に結びつけられるのはまず間違いなかった。
 「秀康…っ、ちょ…っ、そんな、酷くすんなって・・・・っ」身体ごと振り回されるような抽挿に音を上げ、宗矩が懇願する。「わ、わーったって…っ、も、逆らわねェから・・・・せ、せめて・・・・もうちょっと・・・・あぁ…っ」
 手加減を乞うた途端、両膝を胸に押しつける様に身体を折り曲げられ、熱い矛先に最奥をぐりぐりと捏ね回されて、宗矩はそれ以上言葉を出せずにのた打ち廻った。見下ろして来る、あまりに真剣な眼差しが怖い。歯止めの利かない快感が怖い。
 いつもの天邪鬼な表情を失い、縋るように見上げて来る瞳が可哀想ではあったが、再度失神するくらいまで抱かなければ、先の陵辱で強いられた絶頂を誤魔化せない。どうやら媚薬を仕込まれたらしく、暴走寸前にまで昂ぶらされている身体をこれ以上追い詰めるのは気の毒なのだが ――――
 しかし、なす術もなく犯される宗矩の途惑いと、常よりも感度を増した身体の反応が堪えられないほど心地良いこともまた事実だった。手加減してやりたいと思う気持ちがないわけではないのだが、気遣いを実行に移すだけの余裕がない。
 「酷くされたくないなら・・・・煽るなよ・・・・」しゃくり上げそうなところを我慢しているのか、熱く蕩けた蜜のような内襞に昂ぶったものをひくりひくりと締めつけられて、蒼鬼は半ば呻くように言った。「言っただろ・・・・おまえのこと、好きなんだって・・・・」
 まさか、好きならばどうして酷くするのかなどとは訊かないだろうなと念を押された宗矩は、あまりにも律儀に跳ね返って来るかつての自分の所業を色々と後悔しつつも、仕方なく口を噤んで蒼鬼に身を任せた。

 喉の渇きに眼を醒ますと、まだ夜は深く、部屋は障子越しの月明かりにぼんやりと照らされていた。折角おとなしくなった蒼鬼を起こしてしまわないよう、絡みつく腕を注意深く逃れて身体を起こし、枕元の湯冷ましを煽る。夜気に冷やされた水の心地良い喉越しと微かに聞こえる虫の音に秋を知り、宗矩は、依然としてぼんやりした記憶の断片に苛まれる頭を振った。
 そう、最早季節は晩夏ではなく、初秋になったと気づいたから、白い庭の最後を飾るテッセンも見納めだと、剪定がてら部屋に生ける花を取ろうとしていたのだが・・・・
 手首と足首には手厳しく縛り上げられた痕が残っているが、傍らで満足げに寝こけている馬鹿者が結局情事の間中、戒めを解いてくれなかったのだから、これはあって当たり前だろう。身体に残る快楽の余韻も、痺れるような疲労感も、夕餉も摂らせてもらえずに失神するまで抱かれたのでは無理もない話で ――――
 「…夢、だった…のか・・・・?」宗矩は心細げに自分の肩を抱き、半ば縋るようにつぶやいた。「あれが・・・・夢・・・・?」
 あんなにも生々しい感覚のすべてが。
 だが、あれが現実だったという証拠は何もない。
 時に怯えているかのような従順ささえ見せる宗矩に、「おまえ、今夜はどうした、大丈夫か」などと笑った蒼鬼の顔にも翳りはなかった。蒼鬼は子供なのだから、そんなに嘘が上手い訳もない・・・・
 それにしても、何の因果であんな夢を見なければならないのか。宗矩は大きくため息をつくと、少し離れた場所に丸められている着物を引き寄せ、袂を探って煙草入れを引っ張り出した。途端、頬に戻り掛けていた血の気が一気に引く。
 「―――…はは…っ、優しいなァ、秀康は・・・・」煙草入れから零れた白い花びらの切れ端を見て、宗矩は笑っているとも泣き出しそうともつかない、何とも複雑な揺れを含んだつぶやきを洩らして肩を落とした。強姦された挙げ句に気を失い、その見っとも無い様から恐らくは蒼鬼の手で救い出され、すべて夢だったのだと優し過ぎる嘘に丸め込まれて ―――― 自分の不甲斐無さへの怒りと蒼鬼の健気な思い遣りの両方に目頭が熱くなり、今にも失態を晒しそうな目元を苛立たしげに片手で覆う。「ちっくしょう・・・・! マジ、すまねえ、秀康・・・・ット、悪か・・・・っ」
 「・・・・何だよ」
 色々と一杯一杯で背後に気が廻らなかった宗矩は、急に背に覆い被さって来た温もりに抱き竦められて息を飲んだ。
 「人が…折角忘れさせようとしてんのに、何で気づくんだよ」
 「・・・・何で、怒んねェんだよ? 他の…っ、他の男に抱かれたんだぞ・・・・!?」
 「ずっと俺を呼んでてくれてたんだろ?」
 「…でねェよ…ッ!」甘い声に火照った頬に、必死に抑えている涙が転がり落ちる。こんな情けない自分は嫌だと懸命に感情を抑えようとするが、鍛えに鍛えた鉄面皮が、この肝心な時に完全に力を失っていた。「自惚れてんじゃねえっ!」
 「うん。ごめん、つらい想いさせて」
 「…ンだよ・・・・!」泣きたくなるような優しさで繰り返されるくちづけに、宗矩はかつてないほど居た堪れない気持ちになって呻くように言い捨てた。これでは、自分はまるっきり子供ではないか。蒼鬼に気遣われ、護られ、宥められて…なのに、気の利いた反論ひとつ出来ないとは。「利いた風な口…っ、叩きやがって・・・・っ」
 「おまえが俺を大人にしてくれたんだろ」宗矩に好いて欲しくて、頼って欲しくて、宗矩を包んでやりたくて。いつまで経っても、自分を子供扱いが必要な年下の情人としか見てくれない宗矩の傍らで、蒼鬼がどれほど歯噛みし、努力し、様々な企みを胸に抱いて来たことか。「こっち向けよ…? つらいなら、何も考えなくて済むようにしてやるから・・・・毀れるまで抱いて、全部忘れさせてやるから・・・・」
 「テメエにンなセリフ決められたら、居た堪れなくって涙が出るだろ、阿呆…っ!」
 「何で?」蒼鬼は、何とも婀娜っぽく色づいたうなじに唇をすり寄せつつ、心底不思議そうに訊いた。「もう、おまえが俺に“抱かせてやってる”んじゃない。俺がおまえを“抱いてる”んだ・・・・いい加減、気づけよ?」
 互いの温もりが残る褥に引き倒され、強かな笑みに眇められる碧眼に対峙させられた宗矩は、自分が己以外の者の意に縛られる、自分以外の誰かの所有物にされてしまったという甘く蟲惑的な絶望に包み込まれて、なす術もなく蒼鬼の腕に堕ちて行った。




Lycanthropeの炬様より何とも魅惑的な紳宗、そして蒼宗のお話を頂きました…!
色の対比から花々の美しさまで感じ取れる素晴らしい文章にただただ感嘆するばかりです。
相手の舌を噛み切ろうとする宗矩の格好よさ…堪りません…!!
大人の優しさをみせる蒼鬼も本当に素敵で…見惚れます…! 炬様、素敵な作品を有難うございました…!!



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