絞繻子


 さらさらという密やかな衣擦れの音が耳を掠め、何気なく音の方向に眼を向けた三成は、つんのめりそうになったほどの唐突さでその場に脚を止めた。足を止めた、と言うより、視界に飛び込んで来た光景に足を縫い止められてしまった。
 しめやかではあるものの、確固たる意思を持った足運びに、結われることのない漆黒の髪先が揺れる。その気ままな気配が、男舞にしては少々艶が過ぎ、女舞と言うにはいささか鋭過ぎる舞を過不足なく引き立てていた。常は双刀を自在に操る手は銀の地に鮮やかな寒椿を描いた扇に飾られ、雪を被った椿の鮮烈な赤が、時折薄明かりに閃く深紅の瞳と相俟って、見る者の心に熱く熾る炎をねじ込まれたかのような衝撃を感じさせる。
 無地の艶紅の小袖に黒無地の角帯、床の上に置かれた足は足袋も履かねば爪紅を差すでもない素足という、色気も素っ気もない姿だというのに、何と ――――
 「ほう…これはこれはお美しい」立場的には自身より下位に当たる宗矩に対しても、三成の馬鹿丁寧かつ嫌味ったらしい態度は変わらない。だが、糊で貼りつけたかのような慇懃無礼な態度の中に、今は本気の賞賛が混ざり込んでいた。「意外でしたな…よもや貴方にそのような心得がおありとは」
 「・・・・嫌なトコに出て来んなよ」憮然としたつぶやきは自分以外には聞こえないよう、細心の注意を払って零されたものだが、土気色と言っても良い顔がにやりと笑んだところを見ると、どうやら聞こえてしまったらしい。宗矩は甚だ迷惑そうに三成を見遣やると、手にしていた扇を乱雑な仕草で閉じ、ため息をついた。「…で? 何か御用ですか? 五奉行殿?」
 「いや、通りすがりですよ」
 ならさっさと失せろという内なる声が露骨に篭った視線に眉ひとつ動かさず、三成は悠長な足取りで、むすっとしている宗矩に近づいた。あからさまな警戒の視線を無表情に受け流し、まるで宗矩の背後にある窓から外を見ようとするかのように、緊張を漂わせた肩と擦れ違う。
 通り過ぎた気配を訝しげに振り返ろうとした宗矩の耳に、ばさり、という大判の布が空気を叩く音が響いた。次いで、夕暮れの風にそろそろ冷え始めていた肩を何かがふわりと包み込む。驚いて眼を向けると、どこから出て来たのやら、漆黒の地に艶やかな紅色の椿を描いた振袖が肩に被せられていた。
 「差し上げましょう。悪くはない品ですよ」振袖を被せた手で宗矩の肩を慈しむように一撫でした三成は、宗矩が身を捩る前にさっさとその手を放し、入って来た戸口の方へと戻った。
 「悪ィな。女装の趣味はねェよ」
 「貴方の舞は、このように人気のない場所で披露するには質が高過ぎましょう」三成は、笑みを貼りつけた口元を扇で隠し、いつもながらの勿体振った口調で告げた。「いずれ、宴にて、その衣装を纏って舞っていただきたいものだと思いましてね・・・・そう、是非、飛天の舞などを」
 「あのな・・・・」宗矩は辟易した表情でため息をついた。「知らないんだろうけどよ・・・・」
 「何の。生憎、知っておりますよ。舞い手に贈る紅色の華を描いた衣装が特別な意味を持つことは。それを受け取って舞台に上がることがどういう意味か…ということも」
 「・・・・何だって?」
 「知っているからこそ、貴方にお贈りしましょう・・・・冷えて参りましたな」
 「おい、ちょっと待て。薄気味悪ィ」
 「失礼」
 相変わらず慇懃無礼な態度でこちらの言い分を全面的に撥ねつけた三成が踵を返し、宗矩は女物の衣装を中途半端に被った間の抜けた姿のまま、しばし呆然としていた。
 舞い手に贈る紅色の華を描いた衣装は、贈り主から舞い手への恋心を表わす。舞い手がそれを纏うことなく次の舞台に上がれば拒絶、纏って舞えば、当然受諾。しかも、飛天の舞と言えば、知らぬ者のない恋唄の舞ではないか ――――
 「あ・・・・阿呆な真似すんなあァッ! 薄気味悪イィッ!!」とうに聞こえはしないだろうが、叫ばずにはいられなかった。「嫌がらせにも程ってモンがあるぜ、ゴルァッ!」
 無論、捨てるという手段はある。何も屑箱に投げ込むところまでやらなくとも、この場に置き忘れたフリをするだけで済む話だ…が・・・・
 「夜中に部屋まで這って来そうで怖ェ・・・・!」
 着物に夜這いなど掛けられては堪ったものではない。宗矩は、逸品と呼ぶに相応しい振袖を私物を入れている ―― ついでに鍵の掛かる ―― 行李の底敷きにすることに決め、艶やかな正絹を鷲掴みにして、足音荒く部屋を出た。



三成ナイス…!!と叫ばしていただきたい…!
Lycanthropeの炬様より素っ敵な三宗を頂きました…!
まさか三宗を拝読できるとは夢にも思っておらず…とてもともて嬉しいです…!
宗矩の舞う姿に心奪われずにはいられません。凄く凄く素敵です。
炬様のお書きになる宗矩には皆惚れてしまいますね…!私はもうベタ惚れです…!!
炬様、素晴らしい作品を有難うございました…!



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